スリップに関する事故

 路面の凍結や流出油、土砂などで車両がスリップした事故などについて紹介しています。
 橋梁などの凍結しやすい箇所や、側溝などからの溢水が凍結する箇所、油流出などに関する事故は、状況によっては管理瑕疵を問われることがあります。

スリップに関する事故の概要

 スリップに関する事故としては、路面の凍結や流出油により車両がスリップしたり、滑りやすい歩道で歩行者が転ぶような事故があげられます。

 管理瑕疵を問われたか否かを別として、資料に掲載されている裁判例から事故が起きた状況をみると、次のような傾向が見られます 1) 2) 3) 。 それぞれのパターンともに、注意をして車を運転する義務があるため、管理瑕疵が問われた事故では相当の過失相殺が行われている事例が多くあります。

○ 自然現象による路面凍結でスリップした事故

 自然現象による路面凍結で一般部でスリップした事故は16件が掲載されていて、12件では管理瑕疵を問われていません。 自専道や幹線国道では管理瑕疵を問われている案件があります。

○ 凍結しやすい箇所の路面凍結でスリップした事故

 橋梁上や、日陰となるトンネルの出口などの凍結しやすい箇所や、凍結したときに事故が起きやすい急カーブなどでの事故は9件が掲載されていて、そのうち6件では通常の注意を払っていれば危険はないなどの理由で管理瑕疵がないとされています。

○ 側溝の溢水などが凍結した箇所でスリップした事故

 側溝などからの溢水や、水道管の漏水、沿道からの流出水が凍結した箇所での事故は、11件が掲載され、そのうち7割の案件で管理瑕疵が問われています。

○ 凍結以外の原因によるスリップ事故

 交通事故による油流出や、道路工事の際のアスファルト乳剤、舗装上に堆積した土砂などによりスリップした事故は13件が掲載されていて、なかには管理瑕疵を問われた事例があります。
 雨によるスリップや、滑りやすい歩道での転倒事故は14件が掲載されていますが、管理瑕疵を問われた裁判例は見つかりませんでした。

自然現象による路面凍結

 積雪が路面に凍結して滑りやすい状態になっていることは、「道路管理者にとっても無関心では済まされない」が、「本件程度の積雪凍結状態である限り道路管理者に常時路面の凍結解消措置をとるべきことを義務づけることはできない京都府道三の坂凍結スリップ事件」、「道路上から完全に圧雪、凍結状態を排除することは不可能であり、特に危険な箇所について気象状況、時間(夜間、早朝)等に応じて凍結防止措置を講ずれば冬期間の道路管理者としては十分である山形国道47号スノーシェッド内凍結スリップ事件」との理由で管理瑕疵がないとする判決が多くでています。 その一方で、管理瑕疵を認めた判決長野国道19号凍結スリップ事件もあるので、裁判になったときには、諸事情が総合的に考慮されるものと思われます。

京都府道三の坂凍結スリップ事件 (最高裁判昭和51年6月24日、大阪高判昭和50年9月26日)

○ 事故の概要
 昭和43年(1968)。 大型貨物自動車が25km/hで走行中、先行車が停車したので急制動をしたところ、降積雪のため凍結していた道路を滑走して歩行者に衝突し、死亡させた。

○ 判決の要旨
 道路は、これを利用する者の常識的秩序ある利用方法を期待した相対的安全性の具備をもって足りる。 積雪が路面に凍結し滑りやすい状態となっていることは、道路管理者にとっても無関心では済まされない。
 当地方は特に積雪地帯ではなく、本件程度の積雪凍結状態である限り道路管理者に常時路面の凍結解消措置をとるべきことを義務づけることはできず、道路通行者が車両にチェーンを取り付ける等の個々人の注意義務によって交通上の危険を防止すべきである 1) 2)

 1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.69
 2) スリップ事故と道路管理瑕疵北の交差点 VOL.6

山形国道47号スノーシェッド内凍結スリップ事件 (山形地判昭和51年7月19日)

○ 事故の概要
 昭和46年(1971)。 制限速度を超える速度で走行していた自動車が、スノーシェッド内の凍結路面でスリップし他車やスノーシェッドの柱に衝突した。 スノーシェッド外の路面は圧雪、凍結状態だった。

○ 判決の要旨
 道路上から完全に圧雪、凍結状態を排除することは不可能であり、特に危険な箇所について気象状況、時間(夜間、早朝)等に応じて凍結防止措置を講ずれば冬期間の道路管理者としては十分である 1) 2)

 1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.71
 2) スリップ事故と道路管理瑕疵北の交差点 VOL.6

長野国道19号凍結スリップ事件 (大阪高判昭和51年3月25日)

○ 事故の概要
 昭和46年(1971)。 午前3時頃、電光式情報板と標識に凍結と表示された山岳道路で、車両が路面凍結でスリップして脱輪したため路上に戻して点検をしていたところ、路面凍結によりスリップした後続車にひかれて死亡した。

○ 判決の要旨
 気象条件から路面凍結が予測されたため凍結防止剤を散布したが、雨で薬剤が流出して路面が凍結した。 道路管理者が,いったん路面凍結を予想してその防止措置を講じた以上、雨で薬剤撒布の効果が消滅することを予測し、撒布後の状況確認や再散布等で凍結を回避できた。
 被害者は、凍結の標識があるのにチェーン等を装着しないで運転してきた過失と、後続車への警戒を怠った過失があるので、5割を過失相殺する 1) 2)

 1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.68
 2) 千葉敏和、冬期路面管理に関する判例の傾向、開発土木研究所月報 No.452 1991年1月)

鳥取国道179号人形峠スリップ事件 (控訴後和解、岡山地判平成22年10月19日)

○ 事故の概要
 平成19年(2007)。 路面凍結によってスリップしたトラックが、自損事故のために停車していたトラックに接触し、法面に乗り上げたことで飛び出た積み荷が対向車線を走ってきたバスに直撃した。 他にもスリップ事故がおきていた 1)

○ 事件の経過
 管理瑕疵を認め過失相殺を5割とした一審判決を不服とした道路管理者が控訴をしたが、道路管理者の主張を理解した和解勧告があり、請求額の1割で和解した 2)

 1) 路面凍結スリップ事故 道路管理の瑕疵認定 鳥取県物流weekly
 2) 損害賠償等請求控訴事件に係る和解について鳥取県庁 提出議案

凍結しやすい箇所の路面凍結

 「特に危険な箇所」では標識による注意喚起や凍結防止剤の散布などが行われていることが多くあります。 このような箇所でのスリップ事故については管理瑕疵の有無の判断が分かれていますが、橋上凍結注意の看板等が外されていた橋梁上での事故福井国道8号鯖江大橋凍結スリップ事件や、融雪水が凍結したトンネルの出口(昭和55年1月16日名古屋高金沢支判)、警戒標識がなく数台の車が凍結でスリップして川に落ちたカーブ(平成4年6月26日岡山地判)などで管理瑕疵が問われた事例があります。

福井国道8号鯖江大橋凍結スリップ事件 (名古屋高金沢支判昭和55年8月27日)

○ 事故の概要
 昭和48年(1973)。 仮設橋梁を通過しようとした乗用車が、橋梁のジョイント部分の段差と橋梁路面の凍結のためスリップし、対向車と正面衝突した。 橋梁以外の箇所は凍結しておらず、「橋上凍結注意」の看板等は雪寒対策期を過ぎていたため撤去されていた。

○ 判決の要旨
 橋梁上は凍結しやすい箇所であり、道路管理者も本件橋梁を凍結防止箇所に指定していたのに、夜間にパトロールが行われていないなど、有効かつ適切な管理行為が尽くされていたとはいい難い。
 被害者は減速、徐行及び左寄り通行を行っていなかった過失などがあり、3割の過失相殺をする 1)

 1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.78

溢水などによる路面凍結

 詰まった側溝からの溢水、トンネルなどの湧水、水道管の破損による漏水、沿道からの流出水などが凍結しているのに長期間放置していた場合、管理瑕疵を問われることが多いようです福岡県道側溝溢水凍結スリップ事件

福岡県道側溝溢水凍結スリップ事件 (福岡地判昭和51年9月30日)

○ 事故の概要
 昭和49年(1974)。 団地支道の側溝が詰まって流れ出た雑排水が県道上で凍結していたため、スリップして対向車と衝突し負傷した。

○ 判決の要旨
 半年にわたって溢水が頻繁に起こっており、道路管理者は支道の側溝の管理について指示を行ったり、標識で凍結の注意を促す等の措置をとるべきであった。
 被害者は路面の状況等について十分な注意を払っていなかった過失などがあり、5割の過失相殺をする 1)

 1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.71

油漏れや土砂等

 交通事故などによる油漏れは、「交通に支障を与えている場合には除去しなければならない(高松高判昭和56年10月9日)」と判示されています。 舗装道路上に土砂が長期間放置されていた事件について管理瑕疵を問われたことがあります別府市道土砂スリップ単車転倒事件
 その一方で、普通の状態の道路で雨等によりスリップした事故や、滑りやすい歩道舗装での転倒事故で管理瑕疵を問われた裁判例は見つかりませんでした。

別府市道土砂スリップ単車転倒事件 (大分地判昭和50年10月20日)

○ 事故の概要
 昭和48年(1973)。 7月に原付が急カーブで土砂(長さ10m、幅1.5m、厚さ5〜10cm)に乗り上げ、スリップして側溝に転落し負傷した。

○ 判決の要旨
 土砂は沿道の住宅建築で生じたもので、前年から付近住民から危険であるとの意見が出されていたが、市はこれを放置していた。
 舗装道路上に土砂があった状況などから事故が起こる可能性が高く、土砂は前年から散乱堆積していたこと等から、道路の管理に瑕疵があった。
 被害者には前方を十分注視しなかった過失があるので、2割の過失相殺をする 1)

 1) 道路管理瑕疵研究会編集、第四次改訂版 道路管理瑕疵判例ハンドブック、ぎょうせい、2022年、P.66